森田正光のしくじり授業まとめ「興味がない仕事を適当にやっていたら自分のミスは予報できなかった」

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森田正光 しくじり先生

責任感がない仕事ぶりで職場で自分の居場所を失わないための授業
しくじり先生:森田正光

森田正光のプロフィール

年齢:67歳
職業:気象予報士
出身地:愛知県名古屋市
株式会社ウェザーマップ代表取締役
現在TBS「Nスタ」に出演

50年近く気象予報士をやっている

元々はお天気キャスターになる気なんてさらさらなかった
今でこそ気象予報士は転職だと思っているが、昔はそんな事全く思っていなかった

一般的にもやりたくない仕事だけどやっているという人は多い

好きでもない仕事をしている人の割合

Q:今、好きなことを仕事にしていますか?

 はい  39.8%
 いいえ 60.2%
(マイナビニュース2014年調査)

ほとんどの人は成り行きで仕事に就いている

高校3年生の秋に進路相談があった
当時の森田正光は特にやりたいことも夢もなかった
毎日映画を観たり本を読んだり友達と遊んでいれば楽しかった

先生に「気象協会って所が募集してるよ」と気象協会の仕事を薦められた
気象協会は当時の気象庁の外郭団体で、調査をしたり天気予報をマスコミを通じて伝えたりする団体

「じゃ、そこでいっか」と森田正光は即決
別の求人を紹介されていたら今頃は違う仕事をしていたかもしれない

就職後、最初にやった仕事は「177」
気象庁の最新的予報を電話で聞けるサービス

森田正光は、この仕事つまんねぇ~と思っていた

仕事がつまらなく感じたのは、ただ受かっただけで始めた仕事だったから
転職したい気持ちもあったが辞める勇気もなく5年続けた

24歳の頃、急に上司から呼び出されて「来月から東京本部に転勤だから」と言われた

当時勤めていた東海本部は人が少なく、テレビやラジオで天気を伝える人間を増やさなければいけなかった
そのため東京に3年間研修に行ってこいという内容だった

当時の気象協会のランク付け
N:NHKのお天気コーナーに出演
T:テレビのお天気コーナーに出演
A:テレビのお天気コーナーをサポート
B:ラジののお天気でMCと掛け合う
C:ラジオで1分ほどの天気予報
D:177の天気予報などを伝える
E:原稿書きなど雑務

それぞれ2年ほどの経験でステップアップしていく

Eパートだった森田正光は異例のスピード出世でCパートまで普通なら4年かかることろを2年で出世した

出世が早かった理由は、仕事を早く終わらせて遊びたかったから
仕事を早く終わらせると自由時間ができる

当時の森田正光は「働くってチョロいぜ!」と思っていた
完全に仕事をなめていた

しかしとんでもないしくじりを犯してしまう
担当していたラジオ番組の生放送で1分間無音で放送

当時のラジオ番組は音楽と音楽の間に1分間の生放送の天気予報が放送されていた

放送事故を起こした理由はマイクのスイッチを入れ忘れていたから
森田正光は「スイッチ入れるなんて教えてもらってないし!」と思っていた

今思い返すとおそらくスイッチの事は教えられていた

教えてもらってないと思った理由
責任感がないから大事な事を聞き逃す

なんとなくで仕事を選んだ人の種類

①好きな仕事ではなくとも責任感を持ってベストを尽くす人
②好きな仕事ではないので身が入らず責任感がない人

森田正光は典型的な②番だった

翌日課長が代わりに謝りに行っていた

その放送事故から約1ヶ月後、また1分間無音で放送してしまう
スイッチを入れるの忘れたのではなく、放送するブースを間違えて隣のブースに入ってしまったのが理由

しかし森田正光は「ブースが似てるのが悪いでしょ!」と開き直っていた

責任感を持たずに仕事する人の傾向
反省してないから同じミスを繰り返す

今度は課長ではなく部長が謝りに行った

「次はないよ」と言われ、今度しくじったら名古屋に帰されると覚悟していた

しかし、さらに1ヶ月後また1分間無音で放送してしまう
しかも台風が接近している日だった

電話対応をしていたらお天気コーナーの時間が終わっていた・・・

この時は完全に終わったと思った
今度は部長と課長が謝りに行ってくれた

しかし謝罪は受け入れてもらえず、そのラジオ局出演禁止になった

責任感を持たずに仕事をする人の末路
いつか取り返しのつかない大きなミスをする

教訓
個人の興味ありなしは関係ない
仕事としてお金をもらっているなら社会人として自覚を持とう

3回目の放送事故の後、森田正光1人に任せるのは危険だから司会者のいる番組をやらせようということになった

まさかのBパートに出世w

森田正光は一連のしくじりを経験して、迷惑をかけた人に少しでも恩返しできる人間になろうと決意した

番組で、名司会者の土居まさると共演
「何時頃から雨が降りそうですか?」という質問に対し「う~ん、よくわからないですね~」と回答w
怒られるかと思いきや土居まさるは「面白い!」と言ってくれた

土居まさるvs森田正光のアドリブ名勝負

土井「今週はどんな天気になりそう?」
森田「だいたい曇りじゃないですかねぇ」

土井「この後のお天気は?」
森田「逆にどう思います?」

土井「週末はどうですか?」
森田「週末は野球を見に行こうと思っています」

土井まさるのアドリブへの返答に悪戦苦闘していると、変わったお天気キャスターがいると評判になり人気者に

褒められると自信がついてきて、「あれ?天気っておもしろいな」と仕事が楽しくなってきた

そして28歳でテレビのお天気コーナーを任されるようになった

テレビに出演してみて、テレビの天気予報ってわかりづらいということに気づいた
観てる側に対して不親切だと思った

「前線が停滞しているから雨です」⇒前線って何よ??

もっとわかりやすく伝えられるはずなのにわざと伝えにくくしてるんじゃないと思うほどだった

元々仕事に興味があって就いたわけではないので、最初言ってることがわからなかった

天気予報の新しい言葉を作ったりと、色々な取り組みを行った
今では当たり前となっている「洗濯指数」を企画しのは森田正光

洗濯指数とは?
風・気温・湿度・日射量などの気象状況により洗濯物の乾き具合を示す数値

テレビに出演しているうちに「フリーにならないんですか?」と言われるようになり42歳の時にウェザーマップという会社を設立し独立

株式会社ウェザーマップ
天気予報の配信や気象予報士の派遣などを行う森田正光が社長とつとめる気象予報会社

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森田正光が社長になった後のしくじり

①寝坊で生放送欠席

ラジオ局で朝8時から12分間気象に関するコーナーがあった

7時には局に入っていなければいけないので最低でも6時には起きないといけない
夜10~11時には寝るようにしていた

ところがある日つい夜の1時まで飲んでしまった
遅刻をしてはいけないとビジネスホテルに泊まったが目が覚めると朝の9時半

組織に所属していたころはずっと上司が守っていてくれたことに気づいた
独立した後は責任は全て自分にのしかかってくる

②気象予報士試験で不合格

1993年、気象予報士制度ができた

気象予報士とは
1993年まで気象庁しか認められていなかった天気予報業務に資格試験精度を導入
これにより民間でも予報、提供が認められた

主な気象予報士
・木原実
・石原良純
・天達武史

これは必要な資格だと試験を受けた

天気の事を勉強した自負があったので余裕だと思っていたが試験の結果は不合格・・・
人生で一番落ち込んだ

自分を過剰に過信していた
答案用紙を確認せずに提出したのが最大の敗因

一番辛かったのは気をつかって誰もその話題に触れてこないこと
弁解する機会すらなかった

悔しくてひとりでいると自然と涙が出てきた

その後仕事をセーブして猛勉強
二度目の気象予報士試験には見事合格

興味がない仕事をしているあなたへ

元々仕事に興味のなかった自分でも責任感を持って働いてここまでこれた

責任感を持つ事で人生は変わる

つまらないとか自分に合ってないと感じるのは責任感を感じていない証拠

今後もその職場でやっていこうと思うなら、どんな小さい仕事、役割でも責任を果たす事が極めて重要

その積み重ねによって人は少しずづ成長していってより責任のある仕事を得て信用を得てお金にも繋がっていく

たまたまこの仕事をやったとか責任感が仕事にない人は小さな仕事でもいいので、一生懸命取り組むことでその仕事が好きになって自分のためにもなり、周りの人も幸せになる

ミスをして今の自分に不安になることもあるかもしれない

そんな時にはこの言葉を思い出してほしい
「明日は明日」

今日良かったことが明日も良いとは限らない
天気のように人生も明日はどなるかわからない
一日一日を積み重ね頑張る事が何よりも大事

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