サスケのしくじり授業まとめ「勇気がなさ過ぎて何事に対しても完全燃焼できない」

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サスケ しくじり先生

2004年「青いベンチ」が64週ランクイン
音楽の教科書にも掲載された名曲

2009年に突然の解散
2014年に再結成

サスケが言いたいこと
自分勝手に舞い上がって再結成なんんてするもんじゃない

再結成したらきっといい結果が待っているんじゃないかと思っていたが現実は甘くない

サスケの売上比較

2004年発売「青いベンチ」
売上枚数 約27万枚

2014年発売「青いベンチ 10thAnniversary」
売上枚数 232枚

頑張れば自分で買える枚数w

再結成後、理想と現実のギャップでどんどん迷走

サスケが再結成でしくじった理由は、大事な場面で勇気を出せず完全燃焼できないから

不完全燃焼で終わった人の思考
あの時ああしたら・・・
あの時こうすれば・・・

サスケは埼玉県の大宮の路上で歌い地元にこだわって活動するデュオとして取り上げられた
当時世間からは地元大宮を愛する人気フォークデュオ

大宮で歌っていた理由は、都内でやる勇気がなかったから

大宮愛はもちろんあるが、活動したのが大宮で実は大宮出身ではない
出身は埼玉県の毛呂山町

CDを発売する際、世間からミステリアスなイメージをつけるためCDジャケットで顔出ししなかったと思われている
しかし本当は顔出す勇気がなかった

初めて路上で歌ったのは近所の神社の裏だった
人がきたらすぐ影に隠れていた

雰囲気だけ出そうとすると、ただただビジュアルのハードルが上がる

音楽番組などでは、スベるのが怖くて当たり障りのない事しか言わなかった
するとネット上では「サスケのトーク、ゲロ吐くほどつまんねぇ」と書かれた

サスケが気づいた教訓
間違ってもいい
まずは自分が思っている事を発言する勇気を持とう!

デビュー作がヒットしたことで次回作へのハードルを自分の中で勝手にあげて1年半CDをリリースしなかった

どんな曲を書いて届ければいいのか考えすぎてしまった
そして一切成果を上げられずに解散

当時メディアに書いた解散理由
自分たちの思うような活動ができずストレスやジレンマを感じていた。30代を目の前にして、お互いのこの先の人生について考え、ずっと2人で突っ走ってきたから、一旦リセットしようと言うことになりました。

かっこつけたことを書いているが実際の理由は別で、曲が売れなかったので事務所をクビになっただけ
完全に実力不足だった

事務所の方は最後まですごく面倒をみてくれた
盛大にパーティーもしてくれたw

後悔を残したまま解散
その後何をやっても上手くいなかい日々が続く

そして5年後に甘い気持ちで再結成
しかし待ち受けていたのは厳しい現実だった

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サスケ再結成後の三大地獄

①再結成しても世間は「そんなに喜ばない」地獄
②今更新曲を歌ってもヒット曲以外「盛り上がらない」地獄
③ひたすらビジュアルの「劣化をいじられる」地獄

絶頂期のライブ会場
日比谷公園大音楽堂
キャパ3000人
 ↓
再結成後のライブ会場
カフェ
キャパ50人

理想と現実のギャップで迷走

再結成後に過去の曲を見返す事が増えた
そんな中気づいたことがあった

それはヒット曲「青いベンチ」の歌詞にある

「この声が枯れるくらいに君に好きと言えばよかった」という部分

君=音楽

声が枯れるぐらい音楽に好きと言えばよかったと思うようになった

大事な場面で勇気を振り絞らずに音楽に全力で向き合うことができてなかった
ミュージシャンとして、アーティストとして生きていきたいならこの声が枯れるくらいに音楽が好きと言えばよかった

世間の皆さんに伝えたいこと
「好きなもの」を「好き」と胸を張って全力で言える強さを持とう

それでもライブにきてくれるファンが声が枯れるくらい大好き
1曲しかヒット曲がないミュージシャンに会いにきてくれるのは本当にありがたい

現在は過去のように言い訳は繰り返さず、完全燃焼するつもりでいる

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