高橋名人のしくじり授業まとめ「ゲームが超下手なくせに“名人”を名乗っちゃった」


ゲームが超下手なくせに名人を名乗っちゃった先生:高橋名人

高橋名人のプロフィール

ファミリーコンピュータ発売後、1秒間に16連射で人気となり子ども達のカリスマに!
高橋名人のゲーム大会は連日満員
その活躍はマンガにもなり、歌手デビュー
映画『GAME KING 高橋名人 vs 毛利名人 激突!大決戦』も主演
現在はゲーム企画の会社を経営しながらイベントMC等の活動も行っている

しかし、高橋名人には30年間隠していたしくじりがあった

実は、ゲームが超下手

元々は単なる会社員
毎日上手いふりしてごまかしてた

スーパーマリオなんかをプレイするとたぶん普通の人より下手

ゲームが下手なのを誤魔化して生活していた結果、人気の裏で体も心も疲弊しまくって過労&ストレスで全身に蕁麻疹ができた

子ども達をダマしたり会社に大きな被害を与えたりと、しくじりを連射してしまった

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高橋名人はこうして30年間子ども達をダマし追い込まれていった

1982年 ハドソンに入社
宣言部の平社員として普通に働いていた

ある日、社長からこう言われた
「お前、今日から高橋名人な」

そもそも自分から名人を名乗ったわけではない

社長は高橋名人がゲームが上手いか下手かは全く知らない

1985年に全国キャラバンファミコン大会を開催するにあたり、どうやったら話題になるか?毎日会議で出ていた

一番簡単なのはタレントさんを使った宣伝
しかし当時のハドソンはあまりお金がなかった

そこで社員の一人を有名にすればいいということになった

本当は嫌だけど社長が言うから仕方ないか・・・
と気楽に引き受けてしまった

当時のハドソン宣伝部の平社員は高橋名人しかいなかった

全国キャラバンファミコン大会で、社長から指令がくだった
「イベントのオープニングの2分間のデモンストレーションで、9万人の子ども達を熱狂させるプレイを見せてやってくれ」

本当はゲームが超下手なので本当に大ピンチ
絶対に子ども達の前では失敗できない

そこで、自宅でゲーム開始2分間だけ猛練習した

このときのゲームが「スターフォース」というシューティングゲーム

小学生は発売から夏休みまでの1ヶ月間しかプレイできないが、高橋名人はメーカーの人間なので、発売2ヶ月前から練習できた

実際に子ども達の前でゲームを披露すると子ども達は大発狂!
空前の高橋名人ブーム到来!

高橋名人についたキャッチフレーズは
16連射の高橋名人

1秒間にボタンを16回叩けた
これは本当にできた

連射は速いがゲーム自体は超下手

ゲームが上手なフリをして子ども達に申し訳ないという気持ちを抱いていた

社長の命令ということもあり、当時は絶対に本当のことは言えなかった

高橋名人の人気はどんどん高まっていき、当時のスケジュールは160連勤

すぐにゲームの新作が発売になるので、また一から練習
もともと下手なので練習時間も人一倍必要

とあるイベントで、親達が鬼の形相で睨んでいた
ゲーム=勉強の敵

とっさに空気を変えようと思い、
「ゲームは1日1時間」と言ってしまった

しかしそれはゲーム会社の社員として絶対に言ってはいけない言葉だった

ゲームは1日1時間だけ集中してやって、小学生なんだから他のことも経験してほしいという思いもあった

ゲーム=健全なもの
というイメージにしたかった

この言葉にゲーム関連会社の偉い人達が大激怒!

ファミコンが発売した直後でこれからどんどん売っていかなきゃいけない
そんな時期にゲーム会社の人間が言う言葉ではなかった

翌日役員会が開かれ、高橋をそのまま続けさせるのか?やめさせるか?という話にまでなっていた

しかし世間では親御さん大絶賛!高橋名人はさらに人気爆発!!

映画『GAME KING 高橋名人 vs 毛利名人 激突!大決戦』にて主役

ゲーム「高橋名人の冒険島」発売
100万本の大ヒット

しかし、高橋名人に会社からは給料以外のギャラは全く支払われなかった
年棒制なのでボーナスもなかった

会社員というのはチーム
開発でゲームを作ってるスタッフがいて、それを宣伝する高橋名人、それを売ってる営業、事務をやっている総務
みんなで上げている売上

でも今となってはちょっと言っておくべきだったと思っているw

名人になってから2年後、ストレスと過労で全身に蕁麻疹に

朝起きたら全身が原因不明の激痛で動くことも歩くこともできなかった

起きるために床に手をついただけで痛い
水を飲もうとコップを持つだけでも痛い

どんどん入ってくる仕事に対して、なんで俺が行かなきゃいけないの!?という気持ちになっていた

ずっと誤魔化してやっていたが、さすがに自分ができる仕事量のキャパを超えてきた

そして高橋名人は4000人が待つイベントを寝坊で欠席してしまった

朝6時半の飛行機に乗るため6時に羽田空港集合だったが起きたのが7時だった
いろいろ考えた結果そのまま二度寝したw

追い打ちをかけるように、高橋名人が逮捕されたというデマが流れた

1日警察署長の依頼があり、イベントでその事を話したら、なぜか話が変わって広まってしまった

高橋名人は面白い噂が流れているなーと気楽に考えていたが、ハドソンに1000件の電話が殺到し会社がパニックに!

代表電話がその電話だけになり、仕事どころじゃなかった

1987年、夏休みが終わった頃、「PCSエンジン」が発売

ファミコンの高橋名人からPCエンジンの高橋名人にすることはできない
なので高橋名人としての仕事も減っていった

寂しいけどすごくホッとした

ただの会社員がスーパースターになって24時間人の目を気にしながらの生活から開放されていった

会社からの指示を何でも「はいはい」と聞いているあなたへ

ただの会社員だったが26歳で名人になり、その後の人生が大きく変わった

結果、自分ができる仕事量のキャパを大きく超えてしまった

それによって会社に迷惑をかけてしまった経験から伝えたいことがある

会社からの指示に対して常にうなずきを連射せず、時にはストップボタンを押して考えよう

新入社員として働きはじめた方も多いと思う
最初のほうは特に会社の指令、上司の命令を断ることはなかなか難しいのでなんでも受け入れると思う

少なくとも小さい失敗を数多くしたほうが将来において大きい失敗をしなくなるが、あまりにも全てを受け入れていると自分のキャパを超えてしまう

これは自分にとっても会社にとっても不利益になってしまう

「私にはこれは無理です」と言う勇気も必要

高橋名人の今後の目標
「ゲームの名人ではなく人々を笑顔にする名人でいたい」

これからの人生はゲームを通じて色んな人を笑顔にすること

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